面接を終え、明日から新婚旅行に旅立ちます。

去る2018年1月25日26日にバンコクの店舗で和食調理人の面接&実技試験を行いました。
私のブログだけでなく求人情報サイトにも掲載したおかげで応募者は8名おられました。
その中で書類審査をパスして面接を行った方は6名でした。タイ国内だけでなくシンガポールやマレーシアからも来ていただき各国の情報交換も出来たので大変良かったと思います。
オーナーと協議をしているのですが、共に三人で迷っています。内一人はどうしても4月からしか働けないということだったのと、2月予定の方が誰もいない状況なので4月からしか働けないと言う方を除いた二人には採用通知を送ることになりました。

オーナーからは好きな方を決めてパタヤ勤務にして良いということでしたので、一応本人たちの意思を聞いて欲しいと伝えておきました。

オープンまでに一番時間がかると思っていた求人募集の件も、これにて一件落着となったので明日からの新婚旅行には気兼ねなく楽しんで来れそうです。

明日からの新婚旅行は大幅に行くところが変わりました。
理由は世界一周航空券というものがあり、それで行くと格安で世界が回れるということを聞いたからです。
アメリカへ行くのは断念したものの、オーストラリア・ケープタウン・カタール・ヨーロッパ周遊と国数だけでは予定よりも上回っています。航空券が予定より安くなったので美味しいものを一杯食べてきたいと考えています。
先ずオーストラリアではカンガルーを食べます。これは外せません。他にはフランスで鳩料理を食べたいと思っています。思いつく限りでは、こんなもんですが飛行機の中で調べられるようにキンドルでガイドブックを大量に購入して明日に備えようと考えています。

タイのパタヤで働ける和食調理人の募集

和食経験を活かし、世界の舞台で働きませんか?

タイ人スタッフの募集は予定通り2月下旬から行いますが、日本人の募集は今からでも遅いかもと思い、慌てて募集を行います。明日から日本に帰るのでコメント欄か問い合わせ欄よりメッセージを入れていただければ折り返し対応をさせて頂きます。

募集要綱についてご案内させて頂きます。

私たちが2018年3月上旬にパタヤにオープンするお店は、日本でいうところのスタンド割烹になります。本格的な日本食を手軽な料金で味わってもらえるようなお店にしようと思っています。現時点でまだメニューは決まっていないものの、寿司や刺身は出すので寿司を握った経験がある人が望ましいです。しかし、寿司が握れれば、働いていた業界は問いません。日本食(料亭や割烹)のみよりも、洋食(フレンチやイタリアンなど)を少しでも経験している方が働きやすいと思います。それは、タイ人や外国人のお客様が大半となりますので、創作寿司や和食を基調としたフュージョン料理を提供する機会が増えます。そのため、日本食のみよりも、他の料理について知識や経験を持っている方が直ぐになれると思います。

2018年3月上旬オープン予定になっておりますので遅くとも2018年3月1日より働ける方を優先します。また面接は2018年1月24日〜27日の間にバンコクで行います(履歴書送付時に面接希望日時を記載してください)。面接時間は2時間〜3時間を予定しており、私とオーナーによる3者面接と実技(卵焼き、寿司の握りと巻き寿司、天ぷら)が含まれています。また最大4名同時面接を行うことがあります。日本在住者や、タイ国外の方でこの期間に来れない方は、2月22日〜25日の間にパタヤで行います。その際、タイ国内の交通費(バンコクからパタヤまで)は全候補者に対して弊社が負担します。しかし、タイ(バンコク)までの航空券(交通費)に関しては採用者のみに3ヶ月間の試用期間終了時に採否関係なく支払います。

パタヤの店舗での募集ですが、良い方が複数おられた場合は勤務地がバンコクとなることもあります。

<募集要項>
募集職種
和食調理人
給与
1ヶ月7万バーツ以上(試用期間は6万バーツ)
※給与は経歴を考慮し決定
待遇
社員寮あり(ファミリー向けアパートメント)
海外保険
勤続2年以上で年1回の日本帰国費用負担
大入り手当あり
制服無料貸与
昼夜賄い有り
休日
日曜日・祝日休み(もし、祝日に営業する場合は特別手当あり)
求める人物像・資格
カウンターでの接客経験
寿司が握れる方
和食以外の調理経験
年齢・その他
年齢不問
学歴不問
海外勤務未経験は可能ですが、飲食経験がない方はお断りします。
勤務時間
9:30~23:30(休憩13時30分〜16時30分の3時間)
勤務地
タイ パタヤ

お久しぶりです。

お久しぶりです。
新しいパソコンに買い換えるためにパソコンをいじっていたら、
偶然昔の写真とともにブログをやっていたことを思い出したのでログインしました。
「コメントが溢れていたらどうしよう?」なんて思い開いたものの、4年で0件だったのには涙が出ました。しかもスパムコメントを含めての数字なので驚きました。

今年の年末で一区切りを向かえる、現在働いているレストランでブログを作った時はどこにも告知していない状況でスパムコメントが殺到していたのに…。

ぽろっと言ってしまいましたが4年前にオーナーと知り合い順風満帆に働いてきたお店もあと1週間たらずで辞めてしまいます。

幾つか理由は3つあるのですが、1つ目は結婚(再婚)です。3年間付き合ったタイ人の方と来年1月(と言っても来月ですが)に、日本とタイで結婚式を挙げることになりました。それでバタバタとなるので休職ではなく辞めることにしたんです。

2つ目は移住です。バンコクからパタヤに移住することになりました。結婚相手の方がパタヤ出身でお義母さんが体調を崩されており一緒に住むことになったためです。

3つ目は新規店舗開業です。今のレストランのオーナーが新しく3月上旬にパタヤへ支店を出すことになりました。オーナーの好意もあって、共同オーナーとしてやっていくことになります。また3年後、5年後、7年後と徐々に私の権利割合を増やしてくれることになっており、10年後には私の権利が100%になる予定です。

今後の予定は、1月4日に日本へ帰国します。そして、日本、タイと言う順で結婚式を行います。1月29日から3週間でアメリカ、カナダ、ドイツ、イタリア、フランス、イギリス、ドバイの7カ国を回る新婚旅行の予定を入れています。2月の最終週からパタヤに入ってオープン準備となります。新しい従業員の求人募集はドタバタになるような気もしますが、そこまで大きなお店ではないので、あまり心配していません。

また新たな道へ

こうして就職活動開始となりました。もうこうしたトラブルはいやだなというのが本音でした。

日本へ帰ることも頭をよぎりましたが、ここで帰るのもなんだか納得できないので自分の足で一からスタートしようとバンコクで転職活動する決意をしました。

私の場合バンコクでの就職は1度目は友人に紹介してもらい、2度目は引き抜きだったため実質自分で転職活動したことはありませんでした。転職の仕方についても周りから話を聞く程度で、自分ではほとんどわかっていませんでした。

話を聞いた限りではフリーペーパーの求人に応募するか、派遣会社からの紹介というパターンです。

フリーペーパーについては片っ端から問い合わせ、派遣会社にも応募しました。

今回応募した派遣会社はタイでは比較的新しい人材紹介会社 キャリアリンクタイランドというところです。

派遣会社のスタッフさんに大変良くして頂き、幸い多くの応募先で良い返事がもらえたのですが、私はタニヤというエリアで食事をした際の日本料理店で求人を発見し、そこでの就職を決意しました。

現在もそこで勤務しているのですが、日本人オーナーも料理人で新たな支店を出すために募集をしているとのことでした。派遣会社には良くしてもらったのに、結果的に利用しなかったので、支店で働く日本人の募集を行う時は社長にプッシュして依頼してみようと思います。

社長は同じ業界の人種とあって話しがとてもスムーズで、大変よくしてもらっています。

ワークパミットなどもしっかり支給してくれ、売り上げが良い月には振る舞い(給料の他にお金をもらえる)も用意してくれます。

料理人の求人についてはこのようにお店で出しているケースもあります。またそれこそフリーペーパーや派遣会社でもたびたび募集しています。

バンコクの飲食店事情は日本より激戦区で、日本の地方のほうがよっぽど経営が楽なのでは?と感じるほどです。

乱立状態で店舗があるので、就職しても長く勤めることができるかどうか?は重要なポイントとなります。

友人についても転職先がつぶれ、今は違うお店で働いています。

基本的にバンコクでは和食料理人の就職先は存在しており、また転職についても可能となっています。引き抜きなどもあることでしょう。

ただし福利厚生が整っていなく、健康保険や年金といったことは自分たちでまかなわなくてはいけません。またバブリーなバンコクでは地上げについても盛んに実施されており、立ち退きが原因で閉店に追いこまれるという話も珍しくありません。

失業

「ここは長く続かないだろうな」と肌で感じつつも、仕事を続けていたある日のこと、タイ人オーナーから「話がある」に呼び出されました。また「材料費を削れだの細かいことなんだろう」と思っていたら、なんと「給料を減らす」と宣告されたのです。お店の経営があまり思わしくないことと、私に対してここまで高い給料を払うのはおかしいというのが相手の言い分でした。

私はこの当時6万バーツの給料で雇われていました。一方タイ人コックは責任者でも2万バーツといった状態です。多くも2万5千バーツでしょうか。2万5千バーツというのはかなりの凄腕と考えて間違いありません。

さらにこんなこともいわれました。

「あなたを雇うなら日本食を作れるタイ人コックを2人雇うことができる」と。まあそのとおりの話です。

日本人からしたら6万バーツは少ないと思う人も多いかと思いますが、タイ人の給料は月収1万バーツの世界であり、料理人についてはかなり多め設定となっています。普通のタイ人からみると6倍もの金額は破格というわけです。

私の生活レベルと考えるとさすがに2万5千バーツはキツイので仕事をやめる旨、伝えました。

このころ日本人オーナーは体調を崩し、前面でお任せ状態だったのでフォローも何もありませんでした。日本に帰国し入院しているという状況なので文句のいいようもありません。

とにかくこのタイ人オーナーは大嫌いだったので、もう頭を下げるつもりもありませんでした。

またこの流れから行くと、そんなに遠くない日にこの店はつぶれるだろうと思っていました。案の定、私が去ってから新たにタイ人コックを雇ったそうですが、半年も持たずに閉店にいたりました。

料理人でバンコクに就職したいといった人は、こうしたお店の出入りの激しさについても理解しておく必要があります。またタイ人オーナー問題は、多く聞かれるトラブルです。日本人でもちょっと変わった人が多いのもバンコクの姿といえます。

タイ人オーナーとあわない

日本人オーナーは他にも会社やお店を経営しており、オープン後は基本的にタイ人の恋人にお任せ状態となりました。私はとにかくこのタイ人オーナーとあわず、衝突もしばしばでした。

例えば日本から輸入している刺身類を「もっと薄く切って利益率を高めろ」とか「タイの食材をもっと使え」とか料理にも指示を出してくるわけです。経営者サイドとして経費を削りたい気持ちはよく理解できますが、お客様に料理を提供する以上、お金をもらっているわけだし「おいしい」と思うものを食べてもらいたいと考え、頑として自分のやり方を譲ろうとはしませんでした。

またこんな問題もありました。それはお店の清掃が行き届いていないといった点です。従業員についてもなるべく経費をかけたくないと考え、トイレ掃除などがどんどん雑になっていきました。日本人はそうしたところに厳しく、結果としてお客さんの足が少しずつ遠のいていきました。

そもそもバンコクには次から次にお店が日本食のお店がオープンしており、そして次々とつぶれていくといったことが実態です。特にBTSトンロー駅やプロンポン駅周辺はお店の出入りが激しく、少し見ない間にお店が全く変わっていたなんてことも少なくありません。このエリアは家賃も高いので当然のことといえば、当然のことなのですが。

タイ人オーナーについても一応オーナーです。(完全なる名義貸しですが)タイでは会社立ち上げにあたりタイ人オーナーを立てなくてはならず、タイ人の協力なしには会社立ち上げは基本的に不可能です。名義貸しなども盛んに行われていますが、トラブルも耐えないことからタイ人の恋人や家族を名義人として立てることも多くみられます。

私としてもせっかく転職してお店を任せてもらったのに、こんなことの繰り返しでいいかげん嫌気がさしてきました。最後の方はこのタイ人オーナーについてはほぼ無視です。仕入れについても勝手にやっていたのですが、逆に勝手にストップされたり、仕事の邪魔をされたこともしばしばでした。

新たなお店へ転職

私は新たな店でスタートを切ることになりました。まずはメニュー作りからはじまり、お皿などについてもセレクトを任されました。基本的に日本人オーナーは「諭吉さんのセンスでお願いします」とお任せスタンスだったので、自由にやらせてくれました。

多くの料理人は「いつか自分のお店を出したい」と思っていることと思います。私もその中の1人です。自分のお店ではありませんが、まるで自分のお店のように采配をふれるのはとても光栄なことです。

転職についてはワークパミットの切り替えがありました。ホテルで支給されたワークパミットは返却し、その後新たに新しいワークパミットが支給されるといったものです。ワークパミットの申請などは、オーナーの恋人と一緒に手続きをとりました。チェンワッタナーというバンコク郊外にあるイミグレーションで手続きを行い、無事新たなワークパミットが発行されました。

日本人スタッフは私を入れて2人で、1人は店内のマネージャーです。マネージャーはタイ語ができる女性が採用されました。

このように私の場合、すんなりバンコクで就職先が決まったケースでありこれから探そうといった人とちょっと違うケースかと思います。バンコクについては日本食レストランが多く、和食料理人の求人もけっこう見受けられます。就職を希望されている方は、自らエントリーしてみるといいでしょう。実際にそうした形で転職を果たしタイ移住し、最終的に自分のお店を構えた人もいます。

こうした準備を進めていきオープン当日。実はこの日はオープンできませんでした。その理由は「工事の遅れ」です。タイではよくある話で施工工事が大幅に遅れることが多く、作業員が気分次第で休むこともしばしば。結果的に半月遅れてようやくオープンにこぎつけました。幸い日本人オーナーだったことから、オープン前についてもお給料を出してくれました。

仕入れについてもホテル時代のノウハウから、すんなり行うことができました。

引き抜きの話

私に限らずよくバンコクでは良くある話です。それは「引き抜き」です。友人についても腕が良いと評判の料理人だったことからバンコクで引き抜きがあり、転職しました。友人が転職したのは和食系の居酒屋です。「ホテルよりも条件面がいいから」といった理由で転職しました。

私もタイでの生活やホテルでの仕事にも慣れてきたころ、少しずつ知り合いが増えてきました。タイは物価が安くことから気軽に飲みにいけるので、飲み会も毎日のように参加していました。

メンバーについては現地採用の人や駐在員、自営業などさまざまな人たちがいます。私が声をかけられたのは、自営業をしているという知人で恋人(タイ人女性)と高級和食店を経営したいといった話からでした。

友人と同じように「勤務先のホテルよりいい条件で受け入れる」といったことからスタートしました。

私は給料もあがるし、違う職場も悪くないなと思い話を受け入れることにしました。これがタイで2つ目の職場となります。

日本では転職はあまりいい目を向けられませんが、料理人の世界では転職はけっこう当たり前のことです。引き抜きでの転職はそれこそ光栄なことといえます。腕と包丁さえあればどこでも食べていけるのもまた料理人の強みです。

タイでは大卒でないとワークパミットが出ないといった話が多いのですが、料理人はあまり関係ないようで高卒でもワークパミットは支給されます。職種にもよるのかもしれません。私の場合、特にそうしたことを咎められることもありませんでした。

引き抜きについては新規開店のお店だったので、一からのスタートでした。また退職にあたり勤めていたホテルでも日本人の料理長を探してほしいと依頼を受けていたので、日本の後輩に声をかけたところ後輩は快く承諾してくれ、すんなりと後任に決まりました。

ここはタイなのでこうした律儀なやり取り(日本人として当然のやり取り)は一般的ではありませんが、2年間お世話になった職場への礼儀としてこうした形で去ることができとても良かったと感じています。

ホテルへ就職

このような流れで私はバンコクのホテルに就職が決まりました。日本人も多く宿泊する高級ホテルです。まあとにかく豪華なこと!プール付、庭付き、レストランは5つほどあり、いわゆる5つ星ホテルです。日本でも高級ホテルで勤務していたのですが、豪華さのレベルが違うと感じました。

就職した当時友人はまだホテルに勤務していて、引継ぎからスタートしました。私は和食担当なので、いつもどおりに調理にあたりました。レシピを伝授し、友人は退職。ここで困ったことがおきました。

それは「スタッフへの指示」です。スタッフに指示しているのですが、日本語なので通じません。しかも「こいつ何言っているんだ」と小ばかにしている様子が伺えます。おそらく「仕事ができないやつ」と思われたに違いありません。

自分で作る分には問題ないのですが、ホテルの現場では量も半端ではないのでスタッフの手助けがないと大変なことになります。このことにあせりを感じ、友人に相談したところ友人は最初タイ語教室に通いタイ語をマスターしたとの話でした。私も早々にタイ語学校へ入る決意をしました。

こうして2ヶ月も過ぎると、毎日練習していたせいか簡単なコミュニケーションは問題なく取れるようになりました。スタッフの態度もだんだん変わってきて、仕事についてもスムーズに行えるようになってきました。

またタイ人らしいなという問題もありました。それはスタッフの出入りが激しいことです。「こいつは育て上げたい」と思う人材に仕事を教えていると、ある日突然そのスタッフが来なくなるといったパターンです。

話を聞くと「昨日やめてしまった」というではありませんか。最初は驚きましたが、今では「またか」位の感覚です。

それともう1つのカルチャーショックは例え仕事の途中であっても、昼食の時間や休憩時間はきっかり休むのがタイ式なんだと痛感したことです。休み時間については作業の途中でも当たり前のように休みます。退社時間前は、30分位前から退社モードになります。結果として尻拭いを自分でしなければならない状況でした。

元同僚から声がかかる

私諭吉がタイ移住したのは、最初に就職したホテルの同僚から声をかけられたのがきっかけです。同僚とは入社当時から気があい、切磋琢磨してお互いの技術を磨くのに必死でした。2人で泣きながらがんばろうと誓い合ったのも懐かしい思い出です。やがて月日は流れ、お互い1人前の料理人となりそれぞれの場で活躍していました。

元同僚は学生時代の友人がタイで仕事をしていたことから、タイの首都バンコクにあるホテルの料理長として声がかかったのがきっかけでタイ移住を果たしました。私はその当時地元の高級料理店にいたので「海外から声がかかるなんてすごいな」といった心境で見守っていました。私は新婚旅行でハワイにいった程度で、海外にあまり縁がなくそんなに住みたい願望はなかったわけです。

それが一転、思わぬ離婚やタイ滞在でタイに魅力され本気でタイに住みたいと思うようになったわけです。またタイミングも良かったんだと思います。たまたま友人が勤務先のホテルをやめることや新しい日本人料理長を探していたことも大きなきっかけとなりました。もし自分で一からタイで就職先を探したり、友人がいない状況だときっとタイ移住は実現していなかったと思います。それと当時は離婚したばかりでやけくそじゃないんですが、あたって砕けろ精神がありました。

友人に面接を受けてみたい旨伝え、私はタイへ向かいました。ちょっとうぬぼれていたんですが、私は絶対に受かると思い宮城の職場を退職してタイ入りを果たしました。チケットも片道チケット購入です。リュック1つとスーツケースで移住してきたわけです。

幸い友人も彼女と別れたばかりだったので、友人宅に2週間ほど居候させてもらいました。またタイ入り早々、ホテルの面接を受けました。

友人も一緒だったので良かったんですが、言葉がさっぱりわかりませんでした。英語もわからないのにタイ語なんてちんぷんかんぷんです。

そうこうしてあっさり内定をもらい、1週間後から出勤となりました。